10-6 開発目標の設定
これまでのページで片麻痺者の歩行の特徴や,その背景について述べてきました.これらをまとめますと次の2点に集約されます.
1.底背屈時の抵抗について
短下肢装具の硬さについて,
- 足関節を固定する硬い短下肢装具では,かかと接地直後に,膝関節が前方へ押し出され膝折れの原因となる
- 反対に下垂足を矯正するだけの軟らかい短下肢装具では,膝を前方へ押し出すことができず,膝が伸展し過伸展方向へのモーメントが作用する.
ことを述べてきました.このことから,
- かかと接地直後の底屈時に,適当な抵抗を与えると適当な速度で膝関節を前方へ押し出すことができ,かつ転倒を引き起こさない.
- 立脚初期から中期にかけて膝関節に過伸展方向のモーメントを作用させずに歩行することができる.
ことが予想されました.ただし,適当な大きさの抵抗がどの程度になるのかは,従来の短下肢装具を調べた限りでは明らかにすることはできませんでした.その理由は,従来の短下肢装具には適当な大きさの抵抗をもつものがなかったことにあります.
また,立脚初期に下腿部を後ろから押してもよいかは,我々のチームでもこの時点では未解明だったと思います.
各種の短下肢装具による歩行データの収集,底背屈の抵抗の大きさなどを計測した後,底背屈の抵抗の大きさを独立して変更できる実験用の短下肢装具を作り,歩行データを収集し,分析しました.その結果,
- 底屈側の抵抗は麻痺の状況や歩き方に合わせて変更する必要があり,その範囲は底屈角度10゜の時,5~20 Nmであること.
- 背屈側は抵抗が作用しない方がよいこと.
- 底屈角度は10゜あればよいこと,背屈角度は特に限度がない,つまり広ければ広いほどよいこと.
がわかりました.このような特性をもった短下肢装具を装着しますと,
- つま先を大きく外へ開かずに歩くことができるようになります.従いまして,膝関節を左右方向へ曲げようとするモーメントを作用させずに歩くことができます.
- 立脚初期から中期にかけて,膝関節が健常者のようにやや屈曲した状態で歩行できるようになります.このことは,立脚初期から中期にかけて過伸展方向のモーメントを作用させずにすむことを意味します.
- 発症前より歩幅は狭くなりますが,かかとから接地した歩きができます.
2.初期屈曲角度について
麻痺側の足部を持ち上げたとき,通常は下の左側の図で細い線で示しましたように,足底が床と平行になるように短下肢装具を作ります.場合によりましてはつま先を少し持ち上げるように角度を付けます.これを初期屈曲角度といいます.
初期屈曲角度を付ける理由は,麻痺側を振り出すときに床面に当たらないようにするためです.上の右側の図で示しますが,初期屈曲角度を付けておきますと,わずかですがつま先が持ち上がり床面との間が広くなります.
麻痺側のつま先が床と当たらなくなりますと,伸び上がり歩行や,分回し歩行が解消されます.しかしながら,角度を付けすぎますとかかと接地から足底全面の接地への移行がスムーズにいかなくなります.測定用の装具で初期屈曲角度をいろいろに設定してデータを収集しましたところ,最大で10゜までの範囲で設定できるようにするとよいことがわかりました.
実際に短下肢装具を開発するとなりますとこの2点の他にも考慮しなければならないことがありますが,この2点のクリアが根本となります.