高松琴平電気鉄道@エムサ菌総合研究所
形式別写真・ 3000形

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 1000形とともに、琴平電鉄が栗林公園−滝宮間の開業に 備えて日本車輌製造に自社発注した車両です。
 基本的には1000形とほぼ同じですが、全長が204mm長く (車体の長さは 同じ) 、窓上部のRがなく直角、ウインドヘッダー (窓上部の帯材 による補強) がありウインドシル (窓下部の帯材による補強) が 段付きになる、ドアシル (扉開口部脇の帯材による補強) と妻外板 下部の切り欠きがない、妻面近くの側面台枠下辺に段差が見られる、台車が別形式・・・  などの差異があります。

 1966・67年に更新工事が、またその後も戸板や屋根上通風器の交換、窓枠のアルミサッシ化が 行われたのも1000形と共通しています。
 琴平線からの撤退は早く1966年までに行われたものの、長尾線・志度線の中型冷房車導入に伴う 代替廃車は345の1両のみで、残る4両は活躍を続けました。 しかし全線完全冷房化と長尾線車両 大型化に伴い、315・325・335の3両が2006年から2007年にかけて廃車となりました。

 300は動態保存車として現存しており、2003年11月の定期検査時に更新工事によって失われた 車体各部のリベットや車端寄り楕円形戸袋窓が復元されています。
 また335は廃車後高松市に譲渡され、高松市立房前公園で静態保存 されています。

3000形 編成表  (2011年12月現在)
車号竣工瓦町分離時の所属記事
3001926.10.長尾線琴平線に所属
3151926.10.長尾線2007.8.廃車
3251926.10.長尾線2006.10.廃車
3351926.10.志度線2006.7.廃車 房前公園にて静態保存
3451926.10.志度線1999.10.廃車

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ご案内
 資料としてはとても完全なものではありませんが、鉄道模型製作等の参考としても、 どうぞご活用ください。

 ことでん旧型車の機器、特に台車・抵抗器などは、互換性のある別機種に 交換される事が頻繁にあるようですが、ここでは個々の機器の動向までは 追いかけていません。「写真撮影時における組み合わせ」とお考え下さい。

 また車両の側面写真の向きは、
   長尾線所属車両(300・315・325)の場合
     →長尾行き列車を基準として 進行方向右側面/左側面
   志度線所属車両(335)の場合
     →瓦町行き列車を基準として 進行方向右側面/左側面

とします。

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2004.10.17 瓦町

 3000形のトップナンバーにして現在でも動態保存車として残っている、300号車です。
 この車両のみ、両端の戸袋窓が2003年11月に丸窓化されました。 「丸」とはいえ厳密には 「楕円」ですが・・・。 合わせて、更新の際に失われた車体各部のリベットが復元され、 アルミサッシも塗装されています。 さらに2010年3月には製造当時の塗装である茶色一色に 変更されています。

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2004.1.15 花園

 315号車です。 この車両のみ更新工事の際に運転席の奥行きが拡大され、それに伴い 運転席直後の側扉と戸袋が入れ替えられました。 このことから、変形車と呼ばれることも あります。 助手席側の扉位置そのままなので、左右非対称の側面配置になっています。
 300とともに長尾線最後の旧型車として定期運用終了まで活躍を続けましたが、2007年8月の さよなら運転を最後に廃車となり、同月中に解体されました。

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2006.3.21 瓦町

 325号車です。 この車両は2003年に検査を受けた際に長尾線標準色 (窓 下を境にしたが緑、上がクリーム) に塗られて出場しました。 しかしその直後に 旧型車の塗装を茶色とクリームのツートンとする方針が決まり、再入場して緑色の上に茶色が 塗られました。 そのため車体のごく一部に塗り残しがあり、緑色が見えていました。
 300は丸窓化、315は運転席奥行き拡張がされたため、335とともに形態の変化が相対的に 少なかった車両と言えるでしょうか。
 2006年10月に廃車、解体されました。

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2006.5.26 今橋

 335号車です。 345とともに瓦町分断後は志度線に所属し、志度線では少数派だった ことでんオリジナル車です。
 私が知る限りでは20形21とともに予備車となっていたようで、今橋の車庫の本線側一番奥で あるこの場所に押し込められているのが常でした。 車両のやりくりが付かなくなった時など に営業運転に入ることはあったようですが、さよならイベントでも走らず、ついにパンタグラフ を上げている姿を見ることなく廃車となった車両です。
 2006年7月に廃車となりましたが、高松市立房前公園で静態 保存されています。

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2004.10.17 瓦町

 300の左側の床下機器です。 一番右に見えるものは電動発電機です。

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2004.10.17 瓦町

 ちょっとブレていますが、上の画像の別アングルで、中央扉付近の床下です。
 手前側の箱と主抵抗器の間にブレーキシリンダーが取り付けられていることから、 主抵抗器は台枠の中梁(車体中心で長手方向に伸びている梁)かその 近くに取り付けられているのかもしれません。 位置が低いのは放熱の関係でしょうか?

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2005.6.25 花園

 右側の床下機器です。 車両は325。
 一番左の小判型の機械がDH25形電動空気圧縮機、右側の一番大きな箱が電空単位スイッチ式 制御装置です。
 屋根に登るステップが両側面とも中央扉の左側にあり、中央扉の開き方向が外から向かって 右側であることがわかります。

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2004.1.14 今橋

 335の台車です。 車体メーカーが日本車輌で、台車が日本車輌製のD形によく似ているため ため原形のようにも思われがちですがそうではなく、これは阪神電気鉄道から譲り受けた 旧30形が履いていた川崎車両製のボールドウィン形台車です。 この形式の台車は旧30形 廃車後も長く有効に使われていたようで、2004年以降に残った3000形4両全車の他、750形 760、60形65も同形の台車を履いていました。

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2007.6.12 300車内

 300の車内の様子です。
 壁面には木を多用し、側面のドア間いっぱいに座席があり、日除けは下降窓部分が腰から 引き出す布が張られた木枠、戸袋窓部分は巻き上げ式カーテンとなっています。 乗務員室 仕切りの窓上にはその車両を紹介する掲示がされており (2006年頃より 行なわれたと記憶している) 、この頃には旧型車をある種の資源として認識していた ことが窺えます。
 参考文献に載っている新製直後の車内写真と見比べると、二重屋根風になっている天井と その通気口、網棚支持金具の形状は変わっていないようです。 その写真では吊手受棒の 支持金具形状がわからないものの、網棚支持金具と似通ったデザインであるため、こちらも 原形ではないかと思われます。 

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2007.2.5 300車内

 300の丸窓を、車内から見るとこのようになっています。
 外見は丸窓が復元されていますが、この時点では車内まで改装された様子がなく、丸窓部分の 車内側戸袋窓も長方形のアルミサッシのままでした。 参考文献の写真によれば、原形は車内側 も丸窓でした。
 撮影条件があまりよくなかったため、わかりにくい画像となってしまいましたがご勘弁を。

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2004.10.18 300車内

 300の車内・運転台背後仕切りです。 315以外はこの形状となっていて、仕切りそのものは 木製、通路部分と助手席側はポールで仕切られただけです。 仕切り窓上にあるのが清掃と 殺虫剤使用の記録票、窓についている白い枠のようなものは乗務員の氏名札掲出枠で、ことでん 全車に共通する装備品です。
 仕切りのすぐ後ろに側扉があり、その車体開口幅は915mmとその後の車両ほど広くないのに 加えて引き残りもある (開口幅全てが開かない) ため、片側3扉 とはいうものの乗降はあまりスムーズではないようです。

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2007.6.12 315車内

 315の車内全景です。 運転台背後の1人がけサイドシートに座った状態で撮りました。
 300と異なり、中央ドアの向かって右側 (戸袋と反対側) の窓1枚分 が立席スペースになっています。

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2004.1.13 315車内

 315の車内・運転台背後部分です。
 拡大された運転席奥行きはそれほど大きくなく、戸袋部分には実質1人がけのサイドシート があります。 しかし肘掛やポール類の仕切りがなく、すぐ隣に側扉があるので、1人がけと しては幅が広いもののあまり落ち着いて座れる場所ではない印象です。 扉周りのゆとりの なさも、他車とあまり変わらないように思います。
 通路部分・助手席側とクシゲタは他の3000形と同じで、通路部分上の飾りも残っています。

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2004.1.13 315車内

 315の外見は変形ですが、車内クシゲタ部分に製造銘板が残っていました。
 表記は右書きで「日本車輌会社/大正十五年 製造」 (「会社」は旧字体)

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2004.10.18 300車内(客室から)

 300の運転台です。
 ことでんでは1300形を除くすべての車両で相互に連結・協調運転を行えるように制御関係が 旧型車のシステムに合わせたものとなっており、マスコンはウェスチングハウス社製の間接 非自動加速形 (9ノッチ) 、ブレーキ弁は電気接点付きのSME式に 統一されています。
 背面に仕切りがあるためか、ドアスイッチは窓下にあります。

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2002.12.18 瓦町

 ファンタゴンレッド時代の315+325が、近代的な瓦町駅長尾線ホームに停車中。
 車両と周りのギャップが大きいこのシーンが、2007年7月まではほぼ毎日見られていたのも 今となっては驚きです。

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2002.12.17 平木

 ファンタゴンレッド時代の325です。 非常にわかりにくいのですが、弓形イコライザーの 台車を履いています。 これが3000形の原形で、住友金属製のST19形です。
 この時60形62・67のさよなら運転が行われていて、62は廃車後さぬきこどもの国へ保存展示、 67は惜しくも廃車となりました。 その後レトロカラー化された325を見ると、他車同様の ボールドウィン形に変わっており、67が履いていたボールドウィン形台車を325に転用したもの と推測されます。
 これに気づいたのはこのページに載せる写真を選んでいたときのことで、ST19を履いていた 車両が他になかったことも知らなかったため、結果的に現役時代のST19形を撮る機会を逃がし ました。 なぜ気づかなかったのか・・・ 悔やまれます。

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2004.1.15 花園

 茶色になった325が、冬の早い夕陽を側面に浴びて花園駅に停車中のシーンです。  この日の相棒は315。
 この当時は旧型車による2両編成が朝ラッシュ終了後から1運用、夕方からもう1運用あり、 乗車や撮影にそれほど苦労することはありませんでした。 この頃にたくさん記録を 残せればよかったんですが、なかなかうまくいかないものです。

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2011.12.26 エムサ菌