命懸けの峠越え PARTU
その1
2005年11月4日
今年の4月、密かに決行してきた深夜の笹子峠越え。
これは、たった一人で、しかも徒歩で、笹子駅〜甲斐大和駅を県道の日影〜笹子線(旧甲州街道)を使って歩き切ろうというもの。
もとより駅まで鉄道、街道筋は徒破することに「鉄道の旅」としての意義がある。これを再度実行してやろうと機会をねらっていたのですが、真冬は出来たら避けたいので、今日あたりが絶好のチャンスではないかと思い、実行に移すことにしました。
夏場は肝試しをする為に若者が乗用車でやって来ることが容易に予想されるため、車の乗り入れが閉鎖される晩秋から春先にかけての季節が絶好のチャンスだろう、という訳です。
二度目なので多少の慣れもある。今回は更に恐怖を煽るため、笹子峠のトンネル付近にある休憩場所で、駅弁でも食べてやろうと事前に「元気甲斐」を購入。懐中電灯1個の照明で果たして食べることが出来るのか、己で実験してみることとします。
使用電車は前回同様370M、最終の大月止まり。前回は甲斐大和から出発したので、今回は逆の笹子からの出発にするため、笹子駅で下車。つまり、笹子峠での休憩はトンネル通過後のホッと一息ついた後で、ということになります。
意外に学生で混み合った最終の大月行き。甲斐大和を通過し、笹子に着いたのは定刻通りの23時04分。ここからしばし国道20号を甲府方面にゆっくり体力を温存しつつ歩いて30分。100円のジュース自動販売機でペットボトル二本買って長旅に備え、少し休んでから出発。うーん、ちと重いけど我慢。
23時47分
やがて右側に、このあたりで唯一のコンビニ、ファミリーマートが見えてきます。この先、食料を調達出来るのは、後にも先にもここだけとなりますが、食べ物は事前に購入してあるので立ち寄る必要もなし。
このあたりには「笹子鉱泉」という温泉もあります。ちなみに入湯料500円とのこと。
そしてこの先ちょっと歩いてすぐに国道20号と旧甲州街道との分岐点、笹子トンネル入り口にさしかかります。笹子峠の看板の矢印が指し示す方向へ折れていくと、急に交通量が減り、静まり返った民家の脇を通り過ぎて行きます。
ちなみに、この昭和33年完成の笹子トンネルでの怪談話も稀に耳にします。
23時57分
しばらく歩くと、バスが一台止まっている場所にさしかかりました。
ここ、新田バス停から大月を結ぶ路線バスのようです。一日数本のダイヤが組まれていて割りと便利そうなものの、その殆どが平日のみで、休日は一往復しか運転されていないのには仰天です。
さあ、ここからいよいよ照明が無くなってきました。この先およそ300メートルくらい先の街灯を最後に、照明は一切ありません。
2005年11月5日
零時25分
もうこの通り、灯りという灯りは一切見えなくなりました。手元の懐中電灯とカメラのフラッシュ、携帯のバックライトが唯一の灯りです。この辺りから携帯も圏外。外部への連絡も出来なくなります。いよいよ心細さがこみ上げてくる頃です。
紅葉の季節なので、広葉樹の葉がハラハラと落ちてきます。一切物音がしないので、すぐ近くに大きな葉っぱがパサッと落ちてくると、マジ心臓が口から飛び出しそうなくらいビックリしますぞ。
そんな訳で、静かな所よりも川の音が聞こえる場所のほうが恐怖心が取れ、ずっと落ち着きます。
…そういえば気になっていたのですが、車両通行止めのゲートってまだ通過してなかったっけ…。たしかこの辺にあったはず。
零時34分
前回は怖いし、道に迷ったらピンチなので敢えてパスした旧街道コース。
今回は二度目ということもあり、ちょっぴり気持ちに余裕も出来たのでイッチョ挑戦してみるか!
前回みたく、猪とか現れないことを祈ろう…
零時44分
県道ならアスファルトに沿って歩けばいいので暗くてもなんとかなるものの、獣道は「まぢ」でどこ歩いてんだか暗すぎてさっぱりわからん。日中はハイカーの訪れる場所なので、割とこまめに掲示された道しるべだけが頼り。
幸いよく晴れて星の明かりが降りてきているので、谷川は光の反射と水の音で何とか判断できました。
月が出てればもっと明るいのになぁ…。
零時48分
暗くてよくわかりませんが、この石碑は明治天皇の御野立所跡ということらしいです。左の光っている看板に詳しい説明書きがあります。
零時53分
落ち葉だらけの道を先の方へと進んでいくと、小さな沢へ…。
「ぬぉ…は、橋が無ェよ!」
もっと見る もう充分です