蜘蛛 と 蛙
蜘蛛
何気なく見上げた先に、小さな蜘蛛。
なんと、先祖の繰り出し位牌の開いた扉に、張り付いてじっとしている。
扉のほとんど真ん中「ちょっと、頼むよ」
息子は椅子に乗って、これもまたしばらく動かず見つめている。
小声で「いとさんだ」「えっ」
「いとさんだよ」と、位牌を見るよう促す。
「徳相妙寿法尼」の改名。四月が月命日なので、繰り出し位牌の一番前にしてあった。
そうか、「蜘蛛の糸」いとさんは、こんな小さな蜘蛛になって存在を見せてくれたのだろうか。
彼女のことを語ってくれる人は、もう誰もいないだろう。
私だって逢ったこと、有るはづもない。
懐かしく思ってくれる人が居ないというのも寂しいことだろうと思う。
いとさんは父の初婚の人、子供はいなかった。
父の妹が再婚相手にダメだしされ、手放さざるを得なかった子、 金恵さんを育ててくれた。
金恵さんが中学生の頃、いとさんは肺炎で亡くなった。
足の不自由な父と、金恵さんを助けてくれていたいとさん。
金恵さんは、二人目の継母である母が台所で泣いていた時、
「おばあさんは、はっきりものをいうけど後がないから、気にしなくていいよ」と、
慰めてくれたと母が懐かしそうに話していた。
金恵さんを優しく育ててくれたから、母は間接的にいとさんに助けて頂いた。
いとさん、大丈夫、私も息子も必ずいとさんも先祖として毎年月命日に感謝の御供養しますからね。
蛙
幼い頃、お墓参りに行った時のこと。
ひときわ背の高いお墓に近づいた時、母が口に人差し指を当て、小声で
「静かにね。金恵さんが、カエルになって現れたのかもしれない。驚かさないようにそーっとね」という。
母の目線の先を見上げると、「海軍中尉」と深く掘ったところに、緑色のアマガエル。
じっとこちらを見ていて動かなかった。今でもその時の感動を覚えている。あれから何十年も経て、繰り出し位牌の扉にいた
蜘蛛と様子は同じだった。
金恵さんは学徒動員で、北海道の小樽商業高校から海軍へ、
そして靖国神社に。
いつか時期が来たら人間界にかえると、言いたかったのだろうか。
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